日本100名城 NO.70

岡山城 おかやまじょう


宇喜多直家が、金光氏から奪った城を、息子宇喜多秀家が引き継いだ寺である。宇喜多秀家は高石垣を築き不等五角形の天守台に金箔瓦を葺いた六階の天守を建てた。その後関ヶ原の合戦に敗れた宇喜多秀家の後に入場した小早川秀秋や池田氏によって拡張整備が続けられ、今の姿になっている。

標高約20メートルに本丸、二の丸、三の丸が囲む輪郭式の平山城。

天守
空襲で焼失した天守は、昭和41年に鉄筋コンクリート造りで再建された。望楼型の天守に塩蔵と呼ばれる櫓が付着している複合式天守である。宇喜多秀家が建てた天守は外壁の下見板張りが黒漆塗りだったことから、烏城と呼ばれ、また金箔瓦を用いていたので金烏城とも呼ばれた。

石垣
本丸内は宇喜多・小早川・池田の3期の石垣をみることができる。

廊下門
中の段の表書院と本段御殿を結ぶ渡り廊下となっている。門扉もついた櫓門である。

 

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城の別名 烏城、金烏城
種類 平山城
築城年 1521-1527年(大永年間)、1570(元亀元)、1597(慶長2)
築城者 金森氏、宇喜多直家、宇喜多秀家
城主 金森、宇喜多、小早川、池田
区分 国指定史跡、国指定特別名勝、重要文化財2件
天守の現状 望楼、三層六階 外装鉄筋コンクリート造り
関連施設 後楽園
場所 岡山県岡山市