広島県国宝 厳島神社(いつくしまじんじゃ)

世界遺産 特別名勝 特別史跡 日本三景 


国宝6棟、美術工芸品は国宝、重要文化財多数
鎌倉時代〜安土桃山時代

海の中からそびえ立つ大鳥居、竜宮城を思わせる本殿、廻廊は、まさに日本を代表する国宝建築物である。

出来れば厳島神社に訪れるだけではなく、ロープウェイを使って、弥山頂上(533m)までのぼり、眺めのいい場所から本土の景色をみて、神の島「宮島」を体感したい。

 

 

 


厳島神社をたずねて(探訪記)



国宝建築物(6棟)
本社本殿・幣殿・拝殿、本社祓殿、摂社客(まろうど)神社本殿・幣殿・拝殿、摂社客神社祓殿、廻廊東廻廊、廻廊西廻廊
その他の国宝
・「平家納経」法華経30巻、阿弥陀経1巻、般若心経1巻、平清盛願文1巻 、金銀荘雲龍文銅製経箱、蔦蒔絵唐櫃 
・「金銅密教法具」
・「厳島神社古神宝類」
・「紺糸威鎧兜、大袖付」
・「小桜韋黄返威鎧兜、大袖付」
・「浅黄綾威鎧兜、大袖付」
・「黒韋威胴丸兜、大袖付」
・「太刀 銘友成作」
・「梨子地桐文螺鈿腰刀」
・「彩絵桧扇」
・「紺紙金字法華経7巻・観普賢経1巻」



厳島神社リンク


厳島神社公式ホームページ
厳島神社紹介サイト
・厳島神社の写真
・厳島神社の動画


厳島神社アクセス


広島県廿日市市宮島町1−1
宮島口よりフェリーで約10分で宮島へ(宮島口〜宮島桟橋は、約15分間隔でJR連絡船と松大汽船が運行)
運賃/片道大人170円 小人80円)


厳島神社の地図

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もっと詳しく 

厳島神社の創建は、推古元年(593年)、佐伯鞍職によると伝えられている。平安時代後期の仁安3年(1168年)には、佐伯景弘が厳島神社を崇敬した平清盛の援助を得て、今日のような廻廊で結ばれた海上社殿を造営。本殿以下37棟の本宮(内宮)と、対岸の地御前に19棟の外宮が設けられ、全て完成するまでに数年が費やされたといわれている。

 

平清盛が(西暦1146年)安芸守に任官され、平家の氏神として尊崇し、平家一門の権力が増大するにつれてこの社を尊崇する度合いも増し、社殿を現在の姿に造営した。京の都から後白河上皇を始めとする皇族や貴族が訪れたので、都の文化や建築が宮島に入ってきた

厳島神社は、平家一門の権勢が増大していくにつれ高まり、その名を世に広く知られるようになったが、鎌倉時代から戦国時代にかけて政情が不安定になり荒廃した時期があったものの、弘治元年(1555年)、厳島の合戦で勝利を収めた毛利元就が神社を支配下に置き庇護したことから再び興る。天下統一を目前にした豊臣秀吉も参詣して武運長久を祈願しており、その年安国寺恵瓊に大経堂(千畳閣)建立を命じている。

 

厳島神社は社殿が洲浜にあるため海水に浸る床柱は腐食しやすく、また永い歴史の間には幾度となく自然災害や火災に見舞われてきたが、その度に島内外の人々の篤い信仰心に支えられて修理再建され、今日まで平安の昔さながらの荘厳華麗な姿を伝えている。

厳島神社の社殿は長い歴史の間に幾度か手が加えられているものの、造営当時のたたずまいを忠実に伝えている。

 

108間(約275m)の廻廊が結ぶ社殿は、寝殿造りの影響を強く受けた平安様式。

寝殿造りとは平安貴族の住宅様式で、敷地の中央に寝殿(正殿)と呼ばれる中心的な建物、その東西に対屋(たいのや)と呼ばれる付属的な建物を配し、それらを通路で結ぶ対称形の配置を基本とするもの。寝殿の前面には舞や儀式の場となる庭、その先には池も設けられた。その寝殿造りの様式を神社建築に巧みに取り入れ、瀬戸内海を池にみたてた壮大な発想で平安の雅(みやび)を映した究極の日本建築といえる。

大鳥居を背にして祓殿を正面からみると、中央の軒が左右に較べて一段高くなっているのは寝殿造りの典型的な工法。また桧皮葺の屋根に瓦を積んだ本殿の化粧棟など随所に寝殿造りの様式が加えられてる。 

 

厳島神社の境内は、弓状に広がる遠浅の浜・御笠浜にある。干潮時には大鳥居まで歩いていけるが、潮が満ちると社殿や廻廊はあたかも海に浮かんでいるよう。このように刻々と潮の干満で姿を変える海を敷地とする奇想天外な発想は世界でもめずらしい。

 

神社が浜に創建されたのは、島全体がご神体とされ神聖視したためとみられるが、12世紀に平清盛と神主・佐伯景弘によって調えられた壮大な社殿群は平安時代の浄土信仰に基づく極楽浄土を現したものとも言われている。前面には瀬戸内海、背後には神が降臨する場所と考えられた弥山。自然に神をみる日本古来の信仰をそのまま形にし、みごとに自然美と人工美とを調和させたのが厳島神社である。

 

 社殿は、災害により何度か立て替えられているが、清盛公が造営した当時の姿を伝えられているといわれている。

国宝・重要文化財の建造物は20基・美術工芸54点等261点。

東廻廊45間、西廻廊62間。本社の他に客神社・朝座屋・祓殿・高舞台・平舞台・左右門客神社・火焼前・大国神社・天神社・能舞台・反橋・長橋・揚水橋・内侍橋の建物構造群からなっています。 

東廻廊入口は切り妻造り、西廻廊入口は唐破風(からはふ)造りで、廻廊幅は約4m・長さ262m(108間)・柱間約2.4m(8尺)・一間に8枚の床板が敷かれている。

床板は、1間に8枚敷いてあり釘は使ってなく、板と板の間は少し開いており、潮が高い時や台風時に波のエネルギ−を減免・消波する構造(スリット構造)になっていて建物を守る工夫が行われてる。

また、床板には釘が使われていない。また、床は二枚重になっていて、本来の床板は下にあるほうで、上に敷いてあるのは養生板(ようじょういた)といい、参拝者が土足で歩いても良いようになっている。これは近年になって施工されたもので、昔は履物を脱いで昇殿していた。
 

 

最初に目にする海に浮かぶ朱塗りの「大鳥居」は、国の重要文化財に指定されている。

厳島神社の大鳥居は、木造で、

高さ約16.6m、棟の長さ24.2m、主柱周り9.9m、総重量は約60t

木部は丹塗り、主柱は楠の自然木を、袖柱[そでばしら]は杉の自然木を使っている。

 

大鳥居は、奈良の大仏とほぼ同じ高さの16m、重量は約60t。
主柱は樹齢500〜600年のクスノキの自然木で作られており、8代目にあたる現在の鳥居を建立するにあたっては、巨木探しに20年近い歳月を要したらしい。また根元は海底に埋められているわけではなく、松材の杭を打って地盤を強化し、箱型の島木の中に石を詰めて加重するなど、先人の知恵と工夫によって鳥居の重みだけで立っているのはすごい。
 

 

広島国宝 厳島神社をたずねて(探訪記)

厳島神社 五重塔をたずねて